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人生とは年輪と人は言う
そしてその年輪はパートナーと共に築くものであると僕たちは思う
Team SPIRITSは人、モノ、コトを大事にする人の集まりだと歳月が語っている

Car No.010 寺ちゃん
2017年10月22日永眠されました(享年55歳)
今までたくさんの楽しい時間をありがとうございました。
ご冥福をお祈りいたします

MACHINE SUZUKI Jimny
Production YEAR 2007年
Profile 「ブラッディー」とは15年の付き合い。もともとはTeamYKKとして年末忘年会で共に過ごした仲。
Spiritsメンバー顔負けの行動派でバイクで日本全国を放浪している。温泉に関する知識は本が一冊書けそう!
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 寺ちゃんへの追悼メッセージ

ブラッディー
寺ちゃんとは1991年以来27年の付き合いになります。
当初は同じ会社の事業所、部門違いというだけの関係でしたが、TeamYKKとして色々遊びに行くようになってから、急速に交流が深まりました。
Team spiritsとコラボが始まってからも、本当にみんなに楽しんでもらおうという幹事力を発揮して、我々をいつも楽しませてくれました。
「俺が楽しいからいいんだ」が口癖で、そのくせ「皆さんにお世話になってます」という低姿勢は、本当に見習うべきことが多かったです。
「いつもみんなを笑顔にしてくれてありがとう!」
「いろいろな仲間たちを繋げてくれてありがとう」
天国でもみんなを笑わせてるんだろうな

harry
初対面は川越のジュラで偶然。
「ああっHPでよく見る人!!」と唐突に言われたのは今でもよく覚えています。
その後は各地のツーリングや飲み会の席でご一緒させていただきました。

2012年には自宅にお邪魔してご両親にもお世話になりました。
一晩中いろんな話をしましたね。
知識と経験豊富であらゆることを教えてもらったし、秘境へも連れて行ってくれました。
もう何年も経つのについ先日のよう。
あの3日間は宝物です。

ネコに好かれて嬉しそうな顔、
あんなに好かれていたネコがある日を境に姿を見せなくなる前兆を察知したときの寂しそうな言葉、
作りかけのプラモデルを楽しそうに説明してくれる顔、
お気に入りの温泉やラーメン屋や蕎麦屋に一緒に行って楽しんでる姿を見て心底嬉しそうに笑う顔、
人一倍の知識を自慢したりひけらかすことを微塵も出さず、
他人のために怒り哀しみ、ひたすら笑顔を絶やさない人。
言いたいことが多すぎて書ききれないよ、寺ちゃん。

55年間、色々なことがあったと思います。
その人生のごく僅かな時間だけでも一緒にいられたことに感謝しています。
ありがとう。

安らかに。

MAK
知った時、あまりに突然で言葉を失いました
おそらく一度しかお会いしていないのですが
2013年の韓国GP TV OFFで米沢から下道で走ってきた…
プラモデルの話を嬉しそうにしていた…
バイクの話を楽しそうにしていた…

初対面の私にも気さくに話しかけてくれた
やさしい『寺ちゃん』さん…

強烈な印象を私に残しています
また逢って プラモデルの話や、バイクの話をしたかったです

ご冥福をお祈りいたします。

たかおちゃん♪
寺ちゃんと初めて会ったのが何故か四国愛媛県の琴平駅・・・
山形ナンバーの荷物いっぱい後ろに括り付けた、逆輸入のGSX、
小さいのに大きいバイクに乗って駅前で寝てたのがはじめ。
まさか四国で寺ちゃんと初対面とは・・・その後なかなか出会えず、
忘年会の時が最後なのかな・・・ツーリング最中に滋賀にも寄るって言うてたのに・・・泣
来て我が家で一緒に飲みたかったな・・・
寺ちゃん!まだ上の世界に行くには早かったんちゃうか・・・?
もうちょいのんびりこっちに居たら良かったのに・・・残念・・・
上から見てるんやろな^^;

楽しい場には来てや(^.^)/~~~
待ってるしな♪

Miya
突然の訃報に驚き、言葉もありません。

初対面は、福島への復興支援ツーリングだったかな。
黙祷するときの寺ちゃんの号令が、今でも耳に残っています。

私の中では、いつまでもニコニコの優しい笑顔の寺ちゃん。
ご冥福をお祈りします。

ブルメ
”えっ”、
見間違いを疑い、再読み込み。
それでも、訃報のお知らせは消えませんでした・・・。

寺ちゃんには、2013年の韓国GP TV OFFでしか会った事が無いのですが、
親しみやすさとその細身からは想像できないタフさが忘れられません。
今まで何度もバイクを廃車にしておきながら、復帰してきた不死身の寺ちゃん。
愛の深さが滲み出ていたバイクのプラモ。
一度、一緒にバイクでツーリングしてみたかった・・・。

安らかに。

つっじー
寺ちゃんとの初対面は5年前の忘年会でした。
訃報の知らせを見ましたが、暫く言葉が思いつきません。
だって早すぎますよ・・・
初めてとは思えない気さくさで直に溶け込んでいた事を今でも思い出されます。
お会いしたのは1度きりでしたがHP上からも人柄が伝わってきましたし、それゆえ寺ちゃんの周りには人がたくさん集まるのだな〜って。
もうその笑顔を拝見することは出来ませんが、これからも空から私たちを見守っていてください。
ご冥福をお祈り致します。

レッド
ものすごく腰が低くて、気遣いの人。
みんなの喜ぶ顔を見るのが大好きな人。
ものすごく器用な人。
ものすごく人生を楽しんでいる人。
見習いたいな〜って思える所がものすごくあった。

でもダメだよ
早すぎる…
とっとと先に行っちゃって寂しすぎるじゃないか。
寺ちゃんだってそうだろう。

でも心配しないでいいよ。
Spiritsメンバーは生きてたって死んでたって仲間なんだ。
我々が楽しんでいる姿をしっかりと見守っていてくれ。
そしてこれからも一緒に楽しもう。
僕は寺ちゃんの笑顔をけっして忘れることはない!
だからさよならは言わない。

イスチ
思い出すのは2010年4月のコッパデ小海のとき。
http://blog-imgs-43.fc2.com/m/a/r/maro4317/100419_6.jpg

寺ちゃんが山形からバイクで遠征してきてくれて、ようやく小海に到着した直後に、 私の手作りスコーンを半ば強制的に進呈して食べてもらっているところ。
当時無職だった私は、心の置き所を探して料理とかお菓子作りんなんかをして、 Spiritsのイベントに持ち込んでいたりしたのですが、 初対面(またはそれに近い)関係だったのに、 男の手作りお菓子に怪訝そうな表情を全く見せず、
「美味しいね」と言ってくれたのを思い出します。

訃報の連絡には、正直実感は全然沸かないですが、
あのときの積極奇異な私への和やかなリアクション、ありがとうございます。

グランブルー
初めてお会いしたのはたしか2005年春の会津ツーリングでのことではなかったかな。
西山温泉へ立ち寄りした時のジムニーの速さが印象的でした。
忘れがたきは西山温泉「滝の湯」宿泊の翌日。寺ちゃんが河原で芋煮会の用意をしてくれました。あれ以来、宿に行くと「ああ、あの時の牛肉の人ね」といわれちゃうようになりました。
ブラッディ-さんから、「初めて会ったとは思えない会話の濃さだ!」と言われたのも懐かしい。

さらに大きな思い出は2013年にご自宅にお世話になったこと。山形観光から「石抱き温泉」秘湯案内までサービス精神たっぷりにおもてなしされたのも良い思い出。
あまり会う機会はなかったけどこれからも何回かは秘湯巡りできるよな、なんて思ってたのに。

作ってもらった「ドゥカティ」、「RG-ガンマ」宝物にします。
ご冥福をお祈りいたします。ありがとう。また会おう!

C.B
実際にお会いできたのは、初めて参加した川越での夜会の1回きりでした…
当然初対面でしたが、お互い遠方の名誉会員でプラモ好き
と言う事で、初対面とは思えないほど話しが盛り上がったのをよく覚えています。

まだ早い旅立ちにご冥福をお祈りします。

TOMOMI
キャノンMEGA MAXに突然現れた時は驚きました。盛り上がりました。
ゆっくり話が出来たのはキャノンの打ち上げだけだったと思いますが、
寺ちゃんの今となっては楽しい思い出を面白おかしく話してくれる姿が印象的でした。
早すぎますが、充実した人生だったかと思います。
キャノンの優勝記念にいただいた、ドカのプラモデルはいつまでも大切にします。
ご冥福をお祈り致します。

HOTO   
私は一度もお会いした事はありません。
しかしながら、オフレポや特派員ニュースなど、素晴らしいものを見せていただいておりました。
車・バイク・模型好きの同志、そして「Spirits」のお仲間として一言添えさせていただきます。

ご冥福をお祈り致します。

2018年1月18日:「ブラッディー」弔問報告
「寺ちゃん」の焼香に行ってまいりました。
13日には「グランブルー」さんも焼香に来て下さったとのことで、ご両親も大変ありがたがっていました。

10月22日の昼間は、山形市内までご両親を買い物に連れて行ってあげたそうです。
その晩、自室でビールを飲んでいたとのことなのですが、そのまま倒れて病院に運ばれ、亡くなったとのことでした。
亡くなった当時、定職にはついておらず、その影響で酒量が増えていたとのこと。
その影響で肝臓に負担がかかっていたのですが、「寺ちゃん」は病院嫌いなので検査をすることもなかったとのこと。
死因は肝不全だそうですが、肝臓がんだったのか?肝硬変だったのか?などの詳細は解らないそうです。

前月の9月にはご両親と弟さんの4人で北海道旅行に行ったのだそうです。
前から「寺ちゃん」は北海道をバイクで走り回っていたのですが、「いつか両親を連れて行ってあげたい」と言っていたので、その念願がかなった直後だったようです。
虫の知らせと言うのでしょうか?
北海道ではレンタカーを全て「寺ちゃん」が運転していたとのこと。
そんなに元気だったのに、その一か月後のことでご両親も予想もつかなかったと言っていました。

皆さまからのメッセージは印刷してお届けしました。
ご両親は「こんなにたくさんのお友達に愛されていて息子は幸せだった」とおっしゃっていました。

メッセージを頂いた皆様、本当にありがとうございました。
我々の心の中と、このホームページで「寺ちゃん」は永遠に笑顔でい続けることでしょう。

「レッド」さん返信
ブラさん、ありがとうございました。
ご両親はさぞや残念だったと思いますが、最後に北海道旅行ができたと聞いて、すごく良かったなと思いました。

「たかおちゃん♪」返信
ありがとうございましたm(_ _)m

[C.B]さん返信
>ブラッディーさん
お疲れ様でした。
肝臓は「沈黙の臓器」と言われるほど、病んでも自覚症状が
無いので…
我々もしっかり健診を受けて、体の異変の早期発見を心掛け
ましょう!

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